THE DIALOGUE 0004

八木夕菜

Artist

八木夕菜 (アーティスト・フォトグラファー)

2004年、ニューヨーク・パーソンズ美術大学建築学部卒業。カナダ、ニューヨーク、ベルリンを経て、現在は京都を拠点に活動。「見る」という行為の体験を通して物事の真理を追求し、写真の特性を活かした視覚を揺さぶる平面や立体、インスタレーション作品を国内外で発表する。

@yunayagi

幼少期の経験から建築の世界へ。

THE DIALOGUE 0004では、ニューヨーク・パーソンズ美術大学建築学部を卒業し、建築デザインの仕事に携わった後に、京都を拠点に作品制作を続けるアーティスト・八木夕菜氏にフォーカスする。”視点を変える”ことをテーマに、写真を用いたインスタレーションやオブジェを制作するなど、建築的なアプローチを用いたユニークな作品を発表し続ける八木氏の生い立ちから話を伺った。

「父がランドスケープアーキテクト、母が環境芸術家。私が育った家は両親がデザインした住宅でした。父親がフランク・ロイド・ライトの建築を好んでいたこともあり、"落水荘"にインスピレーションを得て設計されたと言っていました。一風変わった家でしたが、遊び心があり、床が斜めだったり、隠れるところがたくさんあったり。私にとっては楽しく大好きな場所でした。」

そう幼少の記憶を楽しげに語った八木氏はこう続ける。

「”本物を見て、体験するように”と、両親には制作・展示の現場や、国内外の自然溢れる土地にたくさん連れて行ってもらいました。そうした環境で生まれ育ったこともあり、幼いころからものをつくることには非常に興味があり、大学ではプロダクトデザインを学ぼうとしていました。」

「大学入試前にアメリカ人プロダクトデザイナーの教授がデザインした、”宇宙人のためのサンダル”のプレゼンテーションに衝撃を受けたのを覚えています。プロダクトデザインとは、人間の生活や活動の課題を解決することを主眼に考えるものだとばかり思っていた私にとって、見たことも会ったこともない宇宙人の生活を想像してものをつくる、という自由な目線はとても新鮮でした。」

また好きな家具のデザインを眺めているうちに八木氏は1つのことに気がついたという。

「色々な家具を観察する中で、名が知られている大体の家具は建築家がデザインしていることが多いということに気づいたんです。先生にその話をしたところ、”プロダクトや家具は、空間の中に存在するので、そのものが使われる環境や状況をトータルで考えないとそのものが浮いてしまうんだ”と教えてもらいました。そのため、空間自体をデザインする建築家が、その空間に設置する家具、時にはドアノブや手摺りまでもデザインするのは自然なことだということです。ものだけでなく、より広い視野でものづくりを考える人の存在を知るうちに、社会・環境・宇宙という大きなスケールから世の中を捉え、より俯瞰した目線をもってデザインを学びたいと考えるようになり、結果的に建築デザインを専攻することにしました。考えてみると、育った実家の間取り図を描いたりして子供の頃は遊んでいたので、建築というものは幼少期から好きだったんだと思います。」

数年後、ニューヨーク・パーソンズ美術大学に編入した八木氏は、より本格的に建築の勉強に没頭していった。

建物をつくる意味。

ニューヨークの大学に編入する際に、八木氏はある大きな事件を目の当たりにした。

「”9.11(アメリカ同時多発テロ事件)”が起こったんです。建築は人間をより豊かにできると信じていた中で、建築が多くの人の命を奪う様を目の当たりにした時は本当にショックでした。次々に新しい建物がつくられ続けているけれど、それは本質的に価値があることなのか?と。もちろん全てを悲観的に捉えているわけではありません。ただ、建築が誰かの恨みを買い、その標的にされることがある、という気付きは自分の中でも大きな出来事だったと思います。」

そうした気づきを大学のエッセイに書いたところ、大学の教授からある人物を紹介されたという。

「坂茂さんという建築家の存在を教えてもらいました。坂さんは紙管を使った建築をつくられることで有名になった建築家で、災害時のシェルターをデザインし、地震や洪水などで被災した人々の安全を確保するための活動もされています。阪神・淡路大震災でも救助のために使用され、多くの被災者の命や安全を守ることのに貢献されました。9.11以降、一時はとても意気消沈していましたが、建築家も人のために尽くすことができるんだ、と坂さんの活動を通じて勇気をいただき、そのまま建築の世界に入ることを決意しました。」

そうして八木氏は坂茂建築設計ニューヨーク支社にて建築家としてのキャリアをスタートさせた。

個人の自由な表現へ。

建築業界でのキャリアを歩んでいた中、八木氏はどのようにしてアーティストとしての現在の生き方に辿りついたのか。写真との出会いはどのようなものだったのか。

「建築という大人数が関わるプロジェクトに関わる中で、より自由に表現を行う方が自分の性に合っていると感じ始めていました。社会を変えたいと想う意志もあり、自分にしかできないことでアクションがしたかったことも大きかったです。そこで、自分のもっている想いが小さくなってしまう前に仕事を辞め、ヨーロッパの建築を巡ることにしたんです。各地に足を運び、様々な建築の写真を撮影し続けていました。」

そんな中、ピーター・ズンドーというスイスの建築家の作品を切り取ったとある建築写真に心を奪われたという。

「まるで絵画のようなその写真は、私にとって非常に斬新でした。当時、写真はドキュメンテーションのためのものだとばかり思っていましたが、そのエモーショナルで力強い写真をみて、写真にも人の心を動かす力があるんだということに感動したんです。自分の心を写す、表現としての写真の可能性に当時とても惹きつけられました。」

そうした出会いもあり、日本に帰国した八木氏は撮りためた自身の写真を元に写真展を開催した。

「阪神・淡路大震災の際に、環境芸術家である母が地元のためにチャリティアートプロジェクトを立ち上げたのを見ていました。自らが企画し、被災者の方々をアートの力で勇気づけるその姿勢に本当に感動したんです。」

自分らしい写真表現。

「何度か展示を行いましたが、自分の中ではどこかしっくり来ていなかったんです。写真を額縁に入れて壁に掛けるだけの表現に違和感を感じ、私は写真を通じて何を伝えたいのか、を探す日々が続いていました。”自分とは?世界とは?”、という根本的な問いを考えながら、自分が撮った膨大な数の建築や自然の写真を眺めていました。」

ブランクをあけ、自分らしい表現の在り方を模索する中で、八木氏は自身の原点でもある建築と写真を結びつけた独自の表現方法にたどり着いたという。

「1枚の写真が別の物質と結びつくことで、写真が2次元から3次元の物体へと変化し、平面上に存在していた視点は3次元へと拡がります。3次元になった写真は物質を介して生じる光の屈折などの影響によって、予期せぬ「何か」へと変換されます。その「何か」は、具体的に何が見えるかが重要なのではなく、「見ること」における自己の在り方に気が付くことです。「見る」という行為は簡単なようでありながら難しいものです。通常、私たちは物事を当たり前の枠組みで捉え、予測をもとに経験を解釈します。しかしながら、偏見を抱くと経験が本来の純粋さを失い、客観的に捉えることが難しくなります。物事を多角的な視点から見つめ、固定観念を疑うことで、物事の本質がより鮮明に浮かび上がることがあります。そうしたアイデアをベースに最初に制作した作品が、アクリルブロックに写真をプリントしたシリーズ《KENCHIKU》です。」

アクリルブロックに建築写真をプリントした《KENCHIKU》。光の屈折により画像が万華鏡のように映し出される視覚効果を利用した立体作品。

ある1枚の風景写真を画質が崩れる限界まで拡大した後に分割し、分割された画像をアクリルブロックにプリントした作品シリーズ《Fragments of Earth - pixels》。

2021年にKYOTOGRAPHIEの展示『種覚ゆ/ The Record of Seeds』で制作した作品。長崎県雲仙市の種採り農家である岩崎政利さんを訪ね、彼の畑で風土を記録する試みを行った。種子が土地の記憶を記録するように、古くから存在する写真技術であるサイアノタイプを用い、水をお皿に直接ためて気象の変化を転写させた。

建築と自然。

主に、建築・自然の2つの対象物を中心に作品を制作することの多い八木氏。その2つの対象とは向き合い方が全く異なると語る。

「建築の写真を撮るという行為は私にとって、小説を読んでいる感覚に似ているんです。その建築家の意図を読み解きながら構図を見つけ出す。一方で自然については、最初は作品にできるとは思ってもいませんでした。なぜなら自然というものが既に絶対的に美しく、完全なものなので、作品にする余地がないと感じていたのです。しかし、自然を撮影するうちに私がとても惹かれたのが、その圧倒的な解像度の高さ。どれだけディティールに寄っていっても肉眼に見えないレベルまでどこまでも自然の世界は続いていきますし、そこに宇宙的な神秘性を感じます。作品を通じてその美しさを切り取っていくことで、多くの人が知らない新たな視点を見出してもらえるのではないか、と考えるようになりました。また、自然を用いて作品を制作する際には、人間ではなく、地球にとってどうか、を考えます。大雨や洪水で人の生活が危ぶまれることは確かに大きな問題です。しかしその現象は、地球が健全に生きていくために必要なエコシステムなのかもしれません。地球が健康的でいられる状態を大切にしたいですし、人間目線だけでなく、そうした側面も尊重したいと思っています。そうして出来たのが、《Fragments of Earth - pixels》です。《Fragments of Earth - pixels》は、1枚の風景写真を画質が崩れる限界まで拡大した後に分割し、アクリルブロックにプリントした作品です。画像がピクセルの集合体で構成されているように、自然物・建築の美しい風景も細かな物質や素材の集合によって形成されています。立体化することで様々な角度や光との関係性の中でその風景の一部を覗くことができ、それぞれの絵柄が異なるPieceを組み合わせると、1枚の風景写真が完成します。」

視点を変える。

様々な土地に足を運びながら、力強く作品を発表し続ける八木氏。彼女が作品制作を通じて、目指す世界について最後に聞いた。

「平和な社会になって欲しいと思っています。思い込みによる偏った考えは誰もが抱えていることだと思いますが、未だに様々な社会問題や事件などが解決されていない理由の一つに、人々の偏った意識にあると感じています。学生時代にカナダ留学をした際に、日本の教科書に書かれていた事実と現地の教科書に記載されていた歴史の認識が異なることを知りました。異なる立場や境遇、時には政治的な理由によって、同じ事実でもその認識が異なることに気づきました。一人一人の視野が拡がり、視点が増え、視座が変わる経験をすることで、物事を多角的に捉え、本質を見極められる人が増えることを願います。美術にはそういう力があると信じています。」

「多様な視点を持つ人間を増やし、争いのない地球を。」