THE DIALOGUE 0007

中井 波花

陶芸家

陶芸家

中井 波花

2019年、多治見市陶磁器意匠研究所を卒業。「陶芸素材の再解釈」をテーマに、焼き物を構成する "土"と"釉薬"を作品の素材として見直し、ユニークな表情の作品を制作する現代陶芸家。

薄く引き延ばした土を手作業で整形し、歪みやひび割れを用いて制作される実験的かつ斬新な作品には力強さと繊細さとが共存し、陶芸・やきものの新しい可能性をみることができます。

@namika_nakai

歴史の長い焼き物の世界で、本来タブーとされるような歪みやひび割れを用いた斬新な作風で注目を集める陶芸家・中井波花。ユニークなバックグラウンドから陶芸家としての活動をスタートし、既存の枠組みに捉われない作品を発表し続ける彼女のスタイルの根源、彼女が見据える陶芸の未来の形を探る。

心理への関心。

陶芸とは本来、土を用いて、暮らしのために"器"をつくるための技術。生活の道具としての機能を果たすように、本来やきものには傷や穴があってはならず、丈夫である必要がある。そうした常識が長い間あった陶芸の世界の中で、中井氏は不完全で歪な焼き物を発表し続ける。

「学生時代には心理学を専攻していました。幼少の時にはよく、”私がみている赤という色とお母さんがみている赤は同じなの?どうして同じ色だと分かるの?”というような質問をずっと母親にしていたと聞いたことがあります。そういった人間の認識や、感情の動きのような、本質的な部分にずっと興味がありました。そのため、学生時代には漠然と、人の心に向き合うカウンセラーのような仕事を目指そうとしていました。」

心理学を学びながら学生時代を過ごしていた中井氏であったが、オーストラリア・デンマークへの留学を経て、ものづくりの世界と偶然の出会いを果たしたという。

「オーストラリアで出会った周りの学生たちは、フィルムメイキングやクリエイティブライティングなど、それぞれがユニークな創作活動をしていて。自由にエネルギッシュな活動をする彼らを近くでみていて、自分でも何かものをつくりたいとふつふつと思い始めました。父親が建築家であり小さい頃からものづくりが身近な存在であったこともあり、美術や芸術への関心が日々強くなっていきました。そして、デンマークにあるフォルケホイスコーレという美術学校に留学をすることにし、陶芸とガラスを学ぶコースを選択しました。そこでは、一般的な美術の基礎知識を学ぶのではなく、新しいコンセプトや手法にチャレンジすることが重視されていました。例えば、エクスペリメンタルグラスワークというガラスの授業があり、ガラスを高いところ落としてみたり、膨らませてガラスの新しい形状の可能性を探ったり。実験的で固定概念に縛られないアプローチを通じて美しさを探す作業が非常に刺激的で、その期間に得た経験は、私の活動の基礎に大きな影響を与えていると思います。」

そして日本に帰国した中井氏は、多治見市陶磁器意匠研究所に入所し、本格的に陶芸の世界を学ぶことになる。

土と火の衝撃。

「日本に帰国したのは、海外でチャレンジをしていく上で、日本の歴史や工芸についてあまりに自分が知らないと感じたから。海外で活動していくことを考えた時に、自国の歴史をしっかりと理解している必要があると考えました。そのため多治見の研究所では、これまで長い間紡がれてきた、陶芸の歴史に触れながら、土・釉薬・火などのやきものに関する知識や技法を身につけていきました。」

初めて本格的にやきものに触れ、その面白さと奥深さに衝撃を受けたという。

「はじめて自分で陶芸をつくり焚いた窯を開けた時にはとても感動しました。そこにあったのは自分が想定していた形のものではなく、歪んでいたり割れていたり、窯の中で全くの別物に変化していて。1,300度近くにもなる力強い烈火の中で焼かれたやきものは、とても脆くて儚い。全てを自分でコントロールできるわけではなくて、土を火の中に入れたらその先の変化は素材に委ねるしかない。そうした想定できない偶然性・余白のようなものや、人間が操作できない複雑で曖昧な部分が人の心理や社会の本質を考えることに関心があった私を強く魅了しました。強さと繊細さが共存している焼き物の美しさを夢中で追求して、その時から今まで制作を続けてきました。」

ディティールへのこだわり。

伝統的な焼き物の常識を再構築し、正解とされていないような手法やディティールを取り入れながら、大胆な作品を制作する中井氏。話を聞いていくと、ビジュアルの美しさへの強いこだわりが感じられた。

「幼少の時は、実家の庭にあった白樺の皮を集めて、同じ形に細かく切ったりしながら遊んでいた記憶があります。今思い返すとそんなことに夢中になっていたのは、その皮の形や質感が好きで、そのかっこよさを眺めたり、加工することに夢中になっていたのだと思います。そうした”ディティール・質感オタク”的性格は今の作品づくりとも共通しているように思います。まずは自分が美しい・かっこいいと感じる箇所を見つけて、そこを起点に制作を展開していくようなプロセスが好きです。例えば、器に釉薬をかけて、使用できる器をつくろうとした結果、誤ってぶくぶくに膨れ上がってしまった。ただそのディティールがかっこよかったとしたら、そのポイントの雰囲気だけを使って作品全体を発展させる。そういったように細部に潜むかっこよさを見つけて、新しい表現の形を探し続けています。一般的に失敗となるようなそのポイントをかっこいいと感じることが出来るのは1つの私の個性なのかもしれません。」

制作における考え方について、中井氏はこう続ける。

「陶芸を初めてからは、とにかくその美しさだけを追い求めてきたように思います。コンセプトや作品のメッセージ性も重要ですが、私自身はあまり難しいことは考えないようにしています。とにかく目の前にあるそのやきものの美しさを、陶芸というノイズも無しにして、ずっと夢中で追求してきたような感覚です。既存のやきものの技術をベースにしつつも、釉薬と土のバランスを変えたり、普通ではありえないほどに薄く素材を伸ばして焼いたり、様々なアプローチを実験的に試して今の形に辿り着きました。」

「陶芸の世界は非常に歴史が長いので、良くも悪くも伝統を重んじる傾向があり、少し窮屈に感じる瞬間もありました。ただ一方で、多治見で学んだ陶芸の基礎も常に意識はしていて、伝統に則った上でそこからどのように変化を生み、発展させていくか、という接続を大事にしています。以前に銅を赤く発色させた作品を発表しています。例えば、歴史的な“辰砂“という赤錆を用いた陶芸のスタイルがあって、そうした伝統を私なりに解釈して作品を制作したこともあります。やきものの世界の先輩たちによって磨かれてきた陶芸の基礎を踏まえつつ、ときにその歴史に反抗もしながら、新しい表現を模索しています。」

目に見えないものの追求。

「器作品だけをつくっている時には、自分が伝えたいことが作品を通じて表現しきれていない感覚がずっとありました。器という概念から脱却し、シンプルなやきものとしての自分らしい表現の道筋が見えてきたときから、やっと少しずつ自分の言葉や想いを形にできるようになったような気がしています。これまではただひたすらに陶芸の楽しさにのめり込んで、夢中で作品を制作してきましたが、陶芸の基礎技術や素材・手法に関する経験値、言語表現の技術などを身に付け、自分の作品のスタイルの輪郭が固まってきた今だからこそ、改めて人間の心理や精神に向き合い、作品を通じて表現にしたいと思い始めています。」

人間や社会について話が展開していく中で、今の世界の現状を中井氏はこう表現する。

「合理的に物事を考えて、効率化・最適化を上手にやることがこれまでは評価されてきた社会だったように思います。機械やAIが処理できない、効率性の中で抜け落ちていってしまうような目に見えない何か、がより大事な時代になっているんだろうなと感じるんです。“赤は赤だ“と1つの答えを追求していくこと以外の考え方に未来があるような気がします。輪郭のはっきりとしない、曖昧で人間らしい部分に、議論という形ではなくて自分の作品を通じて問うて、本質的な部分に近づいていきたいと願っています。」

取材も終盤に差し掛かった時、中井氏は過去の自分をこう振り返る。

「作家活動を始めたころは、周りからの評価やイメージについて、とても慎重に考えていました。展示をする場所や関わる人によって何かの色が自分についてしまうような気がしていましたし、自分がどこまで行けるかがそれによって決められてしまうような気がしていて。また、伝統的な陶芸の常識やセオリーから反発するように、自分らしいあり方を確立することに一生懸命になっていたこともあります。活動を続けてきて自分のスタイルを評価してくださる方々が少しずつ増えてきた今になって、やきものの世界だけでなく、自分とは異なる産業やコミュニティの方々と関わることを素直に喜べるようになってきたことを実感し始めています。」

自分の形。

最後に、今中井氏が目指す目標について質問をすると意外な返答が返ってきた。

「陶芸の楽しさは今も日々感じていますが、一方で陶芸だけに固執しているわけでもないんです。知人の漆の作品の展示を見に行ったり、テレビでお笑い番組を観ている時でも、“私だったらこう解釈してこういう表現にするな“、といったことをよく考えます。本質的には、やきものでなかったとしても何かものをつくりたい、という気持ちがある。私が本当に好きで取り組みたいことの全体像はどういう形のものなのか。自分自身のコアな部分をもっと理解しようと、日々自分の意志との対話を続けています。」

作家としての今後のプランをこう語り、中井氏は取材を締め括った。

「海外での個展は一度しっかりと準備をして実現したいと思っています。より多くの人に自分の作品を見てもらいたい。自分と違う文化や価値観を持つ人々が、私の作品に対してどのような印象を持ち、反応をするのかがもっと知りたいんです。今、国内でいただいているような評価を同じようにされるのか、それとも予期せぬリアクションがあるのか。ネガティブだったとしてもその違いは興味深い学びになりますし、新しい環境に行くことや人との違いを認識すること自体がとても好きなんです。私自身はいったいどんな形をしているのか、作品を通じてこれからもっと知っていきたいと思っています。」