THE DIALOGUE 0005
安齋好太郎
Architect
安齋好太郎 (建築家 / 建築チーム・ADX代表)
「森と生きる。」をフィロソフィーとし、福島・安達太良山の麓と東京の2拠点で活動。自然と共生する建築を最重視し、自然に戻しやすい素材だけを使う工夫や建材のトレーサビリティの設計、さらには建築が増えるほど森が豊かになっていくリジェネラティヴな環境再生型の事業展開を目指す。趣味は登山。
“森と生きる。” をフィロソフィーとし、日本各地で環境に配慮した木造建築を手がける建築チーム『ADX』。代表の安齋好太郎氏は建築家であると同時に、木の新しい可能性を探求するクリエイターだ。THE DIALOGUE 0005では、彼のバックグラウンドや建築に対する想い、描いている夢の話を伺った。
富士の麓。標高約1,000メートルの高冷地『鳴沢村』。静かな森のなか、地面を踏みしめて歩く1人の男性がいた。今回フォーカスする建築家・安齋好太郎氏だ。この場所には安齋氏率いるADXが建築・施工パートナーとして携わった『SANU 2nd Home 河口湖1st』がある。辺りの状態を確認したのちに、彼はゆっくりと生い立ちを語り出した。
木なんてカッコ悪い。
「福島で祖父、父と続く工務店の長男として生まれました。祖父が百名山に数えられる安達太良山の山小屋『くろがね小屋』をつくった1人で、代々、木造一筋。幼い頃から木に囲まれた生活でした。僕は作業場の隅にいることが多く、おもちゃの代わりにここにあるものを使いなさいと木の塊や粉を与えられて。積み木のようにして遊び、小学生になった頃には会社にある木材の名前はひと通り言えるようになってましたね(笑)。作業場の裏に森があるのですが、父はよく僕を連れ出して木の伐採から木片を製材するまでのプロセスを見せてくれました。あの大きな木がこう変わっていくのかと流れを知れたことで、幼心にも感覚的に木や森の存在を近く感じていたように思います。」
祖父や父の背中を見て育った安齋氏。バックグラウンドを聞くと、家業の工務店を継ぐことは自然な成り行きに思える。しかし、大学を卒業し晴れて建築家としてのキャリアを歩みはじめた彼は、迷いなく継ぐことを決めたわけではなかった。
『SANU 2nd Home』は軽やかに都市と自然を行き来するライフスタイルを提案する会員制セカンドホームサービス。ADXは日本各地の9拠点(2024年1月末時点)に展開するSANU CABINの設計を手がけている。
「建築を生業にすることは決めていましたが、家業を継ぐことには正直乗り気ではありませんでした。木に対してリスペクトというよりも、古臭いイメージが先行してしまっていて。『木なんてカッコ悪い。鉄やコンクリートを使う方がイケてるでしょ』と考えてましたね。」
木造建築は今でこそ木をふんだんに使用した建築物が耳目を集めているが、当時はまだまだスポットライトの当たっていなかったジャンル。鉄やコンクリートを軸に据えた工業的デザインが当時の建築業界のメインストリームにあり、建築家や建築家を目指す学生にとってもデザインするうえでの基本線にあったように思う。では、なにが木造建築に回帰するターニングポイントとなったのだろうか。安齋氏が続ける。
「『スノヘッタ』(※1)の建築物を見たいと思い、2013年にノルウェーへ向かいました。彼らは国立公園内にトナカイの観測所(※2)を作ったのですが、その建築があまりに衝撃的で。通常、木造建築といえば大工が鉋(かんな)や金槌を使うところ、彼らは船をつくる際の技術を応用し、コンピュータを使って3次元の曲面を削り出していたんです。正直『そんなことしていいんだ』と既存のルールを覆された感覚で。細かな作業も大切だけど、こうして大鉈を振るとこんなものが作れるんだよと言われたような、木造建築のダイナミズムを感じた体験でしたね。」
※1 スノヘッタ:ノルウェーのオスロおよびアメリカのニューヨークに拠点を置く、国際的な建築・ランドスケープ・アーキテクチャーおよびインテリアデザインの設計事務所
※2 トナカイの観測所:2011年開館、ノルウェー『Dovrefjell-Sunndalsfjella国立公園』にできた、野生のトナカイを観察するためのパビリオン。生態系の邪魔にならないよう、山の地形がそのまま続いているように見えるランドスケープに配慮したデザインに。ガラスで仕切られた観察スペースからはスノヘッタ(snøhetta)山脈の雄大なパノラマが広がる。
木造建築の世界で何を為すべきか。
広い視野でつくられるスノヘッタの建築を目の当たりにしたことで、価値観を大きく揺さぶられた安齋氏。そこには日本建築との決定的な考え方の差があったという。
「彼らは常にランドスケープを起点にして設計を始めます。その土地を知り、場所に適した建築物をつくる。建築が主にありそのあとにランドスケープを描いていくような、僕が日本建築の正攻法として捉えていたやり方とはまるで違った。当時30代半ばの僕は、商業施設から住宅までを幅広く取り組んできたことで反対に何が得意かを答えられなくなっていた時期でした。この旅が僕に与えた影響は大きく、自分たちは何者かという問いに向き合うため、2年ほどの時間をかけてミッションを棚卸ししていきました。」
そして導き出した答えが、現在ADXのフィロソフィーとして掲げている『森と生きる。』だ。
「小学生のとき、父がつくった家を見て喜んでいる人や、同じく父が手がけた学校で授業が行われている様子を見て、とても誇らしく思ったことを覚えています。自分が考えるよりもはるかに大きなインパクトを社会に与えている。ただ一方で、時が流れ、祖父の手がけた家は解体され、父の家がリノベーションされる様子を見ながら、僕はのちに解体されるだろう新築物件のパースを描いている。スクラップアンドビルドのような構造に、それでもなぜ自分は木造建築をやるのかという問いへの答えを探していました。それがスノヘッタの哲学に触れたことで『僕らがやるべきはさまざまな技術を使って木の価値を高めることなのではないか?』と、僕自身のルーツに立ち返ることができたんです。」
葛藤を抱えながらも熟考を重ねたことで、やるべきことがクリアになっていった。ここまでの過程はすべて必要なステップだったはずだ。それでは次に聞くべきは、今、そしてこれからのこと。木の価値を高めるとは具体的にどうすることなのだろう。『森と生きる。』を体現するために、何をしようとしているのだろうか。
ADX流の建築。フォーカスしたことで強度を増す哲学。
「建築とは本来『安全に暮らし、滞在できること』が大切だと思っています。都市においては商業的に好まれるファッショナブルな設計やデザインが人気ですが、僕らは建築の体験価値を、都市だけでなく自然にも求めたい。ADXは何をやるべきか問われた際、その問いに対する僕らの答えは『過酷な自然環境のなかで、安全かつ快適に暮らせる木造建築をつくる』でした。」
「僕らはあくまでも地球の一部であり、生態系の一部。だからこそ人々が地球を知るために、過酷な環境下でも快適に過ごせる建築物をつくりたい。今まで山を登ったことがない人や自然のなかでゆっくりと滞在したことがない人たちにその機会を提供することで、自然って素敵だな、地球って美しいなと思ってもらえること。そんな人が1人でも増えれば、結果的に今目の前にある自然を大切にしたいと思ってくれると信じているんです。そのために、僕らが木造建築の技術を使ってでできることがあるはず。」
それでは、そんなADX流の木造建築の特徴はどこにあるのか。安齋氏は大きく2つあると説明する。
「まず1つ目は『ランドスケープを考えること』です。今SANUが立つこの場所も、もともとは手付かずの森。人の手が入るということは少なからず木を切る必要があります。そのダメージを最小限にすることが場所にお邪魔する者としての絶対条件。なので僕たちは最初に木を1本1本調査して、この場所にどういった木が多いのかデータを採集するところからスタートします。そのようにして得られたデータを基に建築やその配置を考える。土地の特性を理解し、リスペクトしたうえで建築をプロットしていくことを重視しています。」
「2つ目は『つくる責任』。僕らが手がける建築では、対象の建築物がこの先何年、何十年と延命できるかを念頭に置いています。SANU CABINの事例でいうと、このキャビンに用いられるものは壁や床、天井を含め1つひとつのパーツがデジタルデータ化されている。既存の木造建築では職人の人手不足で技術が継承されづらくなり、メンテナンスが難しい建物は解体しなければならないことが大きな課題でした。そこを僕らはデジタル化することで、工場で機械がパーツを作れるようにしています。木は曲がったり縮まったりと手のかかる子どものように言うことを聞かないから、先々の変化を見据え、メンテナンスできる仕組みを用意する。建物がより長くこの場所に存在できるようにすることが、この場所で事業をやると決めた人間の自然に対しての約束ごとだと思っています。」
話を聞いていると、安齋氏が手がけているのは建築物という “モノ” の話に留まらず、エリアの持続可能性を考える開発にまで踏み込んだ “コト” の話だとも感じる。いったい、どのような意識が根底に流れているのだろうか。
「『時間軸』を常に考えているなと思います。祖父、父、僕と3代にわたり木造建築に関わり、長いスパンの建築物を日頃から見ている影響も大きいかもしれません。完成した瞬間はインパクトがあるものを作れても、5年後、10年後、30年後にはどうなっているか。時間が経てば経つほどインパクトがなくなっていくものがあれば、逆の可能性も大いにある。時間軸をイメージし、建物や周辺環境がどう変化していくか想像を巡らせていますね。木の成長や人の賑わい、朝から晩までの時間帯の変化や四季の移ろいといったもの。そうしたものを広く捉え、この形なら雪が降ったときにこう見えるかな、木が成長したら建物と合わせてこういう景色に見えるだろうなと想像しています。」
“自然” を突き詰めるからこそ感じる、都市の魅力。
1年の3分の1は山に入り森林調査をしているという安齋氏。都市と自然を行き来するなかで、両者の違いを何に見出しているのか。“自然” を突き詰めようとする安齋氏らしい切り口で答えてくれた。
「僕は都市が大好きなんです。都市は情報が尽きず、そのサイクルも早い。知の集積地であり、何かしらそこにはヒントがある。そして、都市でエラーが起きたときにどう回復するかのヒントが自然のなかにあると考えています。僕が好きな森は生態系が豊かできわめて都市的。豊かな森には大木や小さな木々が存在し、動物がいて生物多様性がある。人工物としての都市で起きているエラーを見たとき、それは都市に大木がないからだろうか、この生物がいないからだろうか。よくそうやって比較して事象を捉えていますね。」
「都市はインプット、自然はアウトプットする場所。都市はひたすら情報を摂取している感覚ですが、自然のなかでは没入できる。風の音や木々のさざめきなど、聞こえなかったものが聞こえてくるんです。都市では日々答えを求められますが、自然のなかで答えを求めすぎていないときに、新しいアイデアが湧いてきます。」
描くのは『最高の山小屋をつくりたい』という夢。
SANUをはじめ、多岐にわたるプロジェクトに携わる安齋氏。インタビューの最後に「夢はありますか?」と投げかけてみると、少年のように目を輝かせこう語ってくれた。
「僕の夢は最高の山小屋をつくることです。今は粛々とその準備をしているところで、社内に研究チーム、ラボチーム、開発チームを置き、2027年までにラボを作る計画を進めています。死ぬまでに世界に10ヶ所は山小屋をつくりたくて、それくらいできれば20、30と増やすのは周りの誰かがやってくれるかなって(笑)。その目標を叶えるため、まずは今年から足を使った実地での森林調査を始めました。これまで機械を使いほぼデジタルで行っていたものを、最新のセンシング技術に頼るところは頼りながら、フィジカルに1本ずつ木を触ることで本当の森を知りたいなと。機械をかざさないと物を言えない人間より、これ食えるぜと言えるくらい野生的な感覚も持ち合わせていたいと思っています。森と生きると言っているのに、僕らの技術はデジタルだけというのはカッコ悪い。ちゃんと森に入って、知って、語れるようになりたいんです。」