THE DIALOGUE 0002

新美 宏樹

Artist

新美 宏樹  (アーティスト)

多摩美術大学を卒業後、アートディレクターとして広告・音楽・ファッションの世界に携わる傍らアートワークを開始。「クリエイティブの消費」をテーマに、広告やサブカルチャーをモチーフとした絵画作品の制作を行う。SH GALLERY所属。

@niimiii_hiroki

デザインの力で世の中を良くする。

アートディレクターとして広告業界で活躍を続けていた新美宏樹さん。そこから一転、画家として作家活動をスタートさせた彼が、どのように今のステージにたどり着いたのか。彼の作品のアイデンティティともいえる広告業界での仕事を始めるまでの経緯を聞く中で、「描く」ということを学び始めた時期を新美氏はこう振り返る。

「大学では建築を学んでいたので、当時は広告のことについては何も知りませんでした。一方、グラフィックデザインに当時非常に興味を持っていたので、雑誌に載っていたデザイン事務所に未経験だが仕事をさせてほしいと片っ端から電話をして、デザインを学ぶきっかけを探していました。その中の1社が興味を持ってくださり、求人誌のデザインから仕事をさせていただきました。たくさんの案件に携わらせていただきながら多摩美術大学に再度入学し、本格的にデザインの世界に入っていきました。」

大学を卒業後、新美氏はアートディレクターとして、様々な広告の制作に携わった。

「課題があってそれをデザインとコミュニケーションで解決する、ということがアートディレクターとして働いていた時代のテーマでした。様々なクライアントが持つ魅力をデザインの力で世の中に適切に伝えることで社会をより豊かにする。そういう仕事として広告業界で仕事をし始めました。主にデジタル広告の領域で、様々な企業のブランディングやPRをサポートするような形でアートディレクション ・デザイン全般に関わる仕事をしていました。」

消費されることへの違和感。

多岐にわたるプロジェクトの中で様々な広告制作を行う過程で、ある違和感が次第に芽生え始めたという。

「広告制作に携わるうちに、クリエイター達でつくったクリエイティブが消費されていくような感覚を持ち始めました。広告の分野はスピードがとても早い世界です。広告がカタチになるまでには大量の提案やアイデアが生まれてはボツになる。実際に制作をし世の中に公開されてからも、ものすごい速度で流通し、忘れられていく。業界の政治も強く、広告クリエイターとして活動していくことにも息苦しさを感じ始めていました。何より、自分が好きで始めた仕事で、自身がワクワクしていないことに気づき、自分への怒りを強く感じていたのだと思います。そんな日々の中で、つくることを止めてはならないという焦燥感が高まり、仕事が終わった後に小さなレンタルスペースに通い、絵や立体物など様々なものをつくり始めました。」

「自分の思うままに、昼夜没頭しながら作品をつくり続けていました。日々感じていたフラストレーションを作品にぶつけながら、いろいろな種類の作品をつくりました。そんな中、ある程度の物量が溜まってきて。あるギャラリーに展示の機会をいただき、個展を開催させてもらえることになりました。当時はアトリエに篭りっぱなしだったこともあり、展示をして久しぶりに友達に会いたい。それくらいのモチベーションで展示を企画しましたが、自分の中に溜まった想いを発散してカタチにし、誰かに見てもらえたことがとても嬉しかったんです。そこでは、これまで広告をつくることでは得られなかった自由な感覚を感じることができ、本格的に自分の作品を制作し始めるきっかけになりました。」

忘れ去られたクリエイティブの再構築。

ネット上に廃棄されたクリエイティブをモチーフに作品を制作する新美氏は自身の作家としての活動についてこう語る。

「私の作品のバックボーンとして強くあるのは、やはり広告というものです。広告の業界で繰り返される過度な生産と消費への反抗・アンチテーゼを作品を通じて展開しています。捨てられたクリエイティブを再構築して残るものにする、というのが全体を通じたテーマで、WEB上に放置されているバナー画像の一部や昔の漫画などの世の中から忘れ去られかけている作品のモチーフを収集し、イラストレーターでレイヤリングしたものをシルクスクリーンで出力し、ペインティングしています。時には、一度ペイントしたキャンバスの表面を再度削り、特有のテクスチャを表出させる場合もあります。物質のもつ質感へのこだわりは、学生時代に建築を学んでいたところからこだわりのあったところだと思います。同じような絵を書く中でも、細部への気づきや、新たな表現手法のアイデアはどんどんと溢れ出してきます。新しいイメージを取り入れながら自分のスタイルをどんどんと深めていくプロセスはとても刺激的です。」

広告や漫画のディティールを組み合わせて制作される新美氏の作品。

制作したグラフィックをキャンバスに写すための版。

一貫してデザインする、ということにこだわり続ける新美氏にその原点を聞いた。

「自分がつくったものをみて誰かが感動してくれる、その反応をみるのが昔から大好きなんです。地域のお祭りでお店を出してお団子を売ったり、学校のコンペで絵の賞をいただいたり。最初はそういったすごく些細なことの中で、自分はものをつくるのが好きだという自我が徐々に形成されたように思います。また姉の影響も大きいと思います。姉は日本大学藝術学部で写真を学んでいて、その繋がりで芸術やデザインに関わる友人がよく実家に遊びにきていました。今ではとても有名ですが、”cero” (2004年結成の東京発ポップバンド)のメンバーの方など、とてもクリエイティブな人たちに多感な時期に出会えたことも貴重な経験だったと思います。そういった環境で育ったので、自分で何かをつくりたい、と考えるようになったのは自然なことでした。」

もっと遠くの景色を。

今年は韓国やシンガポール・台湾など、海外での展示を複数予定している新美氏。作家としての新たなチャレンジを精力的に行う中、彼は今、どこを目指しているのか。

「いくつか既に展示の予定も決まっていますが、海外への展開に向けて色々と準備をしている真っ最中です。アートの世界ではやはり、日本人は不利なのが現状。日本人としての強みや世界の流れと自分自身の思想との繋がりを模索し続けながら、より大きなスケールでの表現を目指していきたいです。アートの素晴らしさに衝撃を受けた原体験的な場所でもある”Dia:Beacon”(ニューヨークにある美術館)で展示を行うことが作家としての今の目標の1つです。”ワクワク・ドキドキ”というのが大学生の時に自分が決めた人生のテーマ。自分自身の心が動く経験を大切にしながら、世界にチャレンジしていきたいです。」

「ワクワク・ドキドキ。」それが僕の人生のテーマ。